楽しいこと

 

 

楽しいことをもっとしたい。

楽しいことに近づきたい。

心から、楽しいと、思うこと。

 

最近は、デジタルアートの現場に引き続きいます。

2ヶ月の出張の、ちょうど、真ん中くらい。

少しずつ、成長できているような感覚がある。

 

でも、その分、見えるものが増えて、

心配になることも、先回りしたくなることも増えた。

 

きっと、「いつか楽しくなりたい」と思っていては、

いつまでも楽しくなれないのではないか、と思う。

 

今、楽しいこと。

今、心地いいこと。

今、大好きな場所にいれること。

今、大切だと思う人と過ごせること。

今、好きな本を読めること。

今、やりたいことをすること。

 

そういうことは、とても大切で、

それだけでいいのかもしれない、と思った。

 

みんなが楽しくあってほしい。

そのために、わたしも楽しくありたい。

 

楽しいと、思いっきり言おう。

楽しくていいんだ。

苦しいことを我慢することが、がんばってること、ではないんだろう。

やりたいことを、必死にやること、

それが、がんばってること、であるような毎日が、

わたしは、今、幸せです。

 

もっと、楽しく。

もっと、一緒に、楽しく。

 

(名古屋にて)

 

 

進歩

 

 

 

今、喫茶店でレモンジュースを飲んでいる。

今日初めてエアコンをつけた。

外を歩くと、汗ばむくらいの季節になった。

先週はたくさん雨が降って、風邪をひいて体調を壊した。

 

最近、仕事が忙しかった。

土日は佐賀に出張だった。

初めての九州、広島には行ったことがあったけど、

それよりも遠距離な出張、初めてやる作業。

充実感はあったのだが、休みがないとなると、

なかなかに疲れが溜まっていた。

昨日は夜中まで仕事。

いや、わたしができなかった自分の仕事を、

さばいてくれる先輩の隣で、何もできずに待っていた。

くやしくて、泣きそうになったけど、泣かなかった。

ちょっと、疲れてるな、と思った。

オーバーに感情が揺れる時、文句を言いたくなる時は、

だいたい自分が疲れている時だ。

 

肉体的に疲れている、だけなら、まだ良い。

休めば復活する。

今回は、普段の小さなストレスが蓄積されている感じもした。

がまんすぎるもよくない。

無理して笑う必要はないのである。

 

 

人が、誰かの悪口を言っているのを聞くのは、

決して気持ちの良いものではない。

強い悪いエネルギーのある言葉を投げかけられると、

自分も必ず、その言葉のエネルギーをどこかに発散させたくなるものだ。

SNS、友達、同僚、上司、家族・・・

あふれる言葉は、暖かいものでありたいと思う。

自分が、悪い言葉を言わないように、良い言葉の側にいたい。

自分で、悪い言葉を止められるように、

おおらかでありたい。

 

悪い言葉を回避するスキルと、

時には受け止めることのできるサイズの器を、

持ち合いたいものである。

 

 

進歩。

去年のこの季節、

私は恋をしていて、仕事もまともにしていなかった。

プー太郎である。

 

今。

仕事ができる、とは到底言えないけど、

必死にやっている。

去年の自分が、随分と遠くに感じるほど、

沢山のことが変わった1年であった。

 

来年の今日。

同じように、いろんなことが変わっていて欲しい。

良い方向に。

あんなことで悩んでたな、あんなこともできなかったよな、と

笑えるくらいには、成長したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変わってくること

 

 

とても仕事が楽しい。

 

少し前は、緊張して、何をしたらいいかわからなくて、

悔しい思いもたくさんあったけど、

何かが少し変わってきたきがする。

 

やればできる、の、やるとき、は、今なのだと思う。

 

気づいて、行動して、変わっていくことを実感する。

これを続けたい。

 

その先に、きっと、また新しい目標がある気がする。

 

自由でいい、もっと自由で。

心に正直に。

かっこわるくても、正直でありたい。

 

 

 

 

 

 

私だけの世界

 

 

 

木漏れ日の揺らぎのように、

毎日移り変わる心を、

必死で呼び留めている。

 

戻る場所を決めて、

自分の存在を図るの。

 

夕暮れの台所に

懐かしい匂い。

迷いながらでも少しずつ、

進んでいることを

耳打ちする。

 

ひかりのおと

ささやく葉

めのおくに香るみどり

あすをみつめる耳

 

ここに存在する

私だけの世界

 

会いたい人に、

会える日はくるのだろうか

それとも私が会いに行くのかな

 

肝心なことを運命に

任せてしまいがちな毎日。

 

ガランとしたリビングに

懐かしい面影。

思い出すものの数は、

いつの間に

増えたんだろう。

 

ゆめのなまえ

滴るきおく

けむたい夏

きのうを手繰り寄せる足

 

寂しさと共存する

私だけの世界

 

 

 

バランス

 

花粉症の薬が切れてしまって、

朝起きたら身体がだるかった。

熱が出たみたいになっているので、

家を出て薬を買いに行った。

 

体調のバランスが崩れると、

心もいつもと違う動きをする。

そして行動も変わる。

だから、安定した体調を心がけたい。

 

ーーー

 

ある人が、海外に難民支援に行っている。

自分が、東日本大震災の時に瓦礫撤去をしていた頃を思い出した。

今考えても、かなり非現実な世界であった。

それが現実に起きていた。

 

信じられないこと、人間の心の動き、

都会との乖離、明日からの不安、

いろんな感情が渦巻いて、身動きが取れなかった。

寝袋に包まれながら、静かに泣いた。

そんな日を思い出した。

 

大きい組織ほどの影響力はないが、

人と人だからこそ深く入り込む瞬間がある。

相手の心にも、自分の心にも、

ぐっと入り込んで、良くも悪くも掻き乱れる。

その動きの中に、本心が隠れている。

私は、その気持ちを歌にするまでに、2年かかった。

整理して、伝える、というのはとても難しい。

何より、怖い。

でも、作る者にとっては、

作品にして初めて、

ひとつの感情として昇華できるのだと感じる。

 

私は今、葛藤の中にいる。

静かに温めている感情がある。

何かを計画しているわけではないけれど、

何かが育っている感覚がある。

きっと、いつか、歌にしたいという心は消えていない。

今ではないけれど、必ず、今がくると思っている。

そんな自分が、嬉しい。

そんな風に思うことを忘れないように、

声をかけてくれた人たちがいたことを、

私は忘れたくない。

伝えたい想いは、歌にする。

それは昔も今も、変わらないし、

これからも変わらないでありたい。

 

 

 

がんばってるね

 

今日、お花を買った。

花というか草だ。

 

去年の末に引っ越してから、

なんども花屋さんを見て、花を買いたかったのだけど、

枯れるのが怖くて買うのをやめた。

正確に言うと、花さえも長持ちさせられない

余裕のない自分を認識するのが嫌だったからやめた。

 

朝起きて、何もする気が起きなくて、

今日は休んだ。

だれかに、がんばってるね、と言われたかったのだと思う。

 

自分の弱いところを曝け出すのは、

多分、大体の人が嫌がる。

だけど、いざ目の前に悩んでいる人が現れると、

もっと頼っていいとか、がんばらなくていいと言う。

私も、そういう言葉をかけたことがある。

でも、きっと、相手が求めているのは、

もう頑張ってるよと解放してあげることだと、

今日気づいた。

私は、目の前に悩んでる人がいたら、

もう頑張ってるよって言ってあげたいと思う。

 

人の悩みは、だいたいが、

恋愛かお金か仕事の悩みらしい。

私は今、それなりに幸せだけど、

この3つとも満足できていない。

まぁいっか、と思いながら、しのぐ術は身につけたのだけど、

たまにどうしようもなく、身動きが取れなくなってしまう。

それが今日突然現れた。

 

そんな時は、何も考えずに、

問題を一旦どこかに置いて、

好きなように過ごすのが良いと思っている。

1日中寝て、本を読み漁った。

最近は、本を読むのが好きだ。

だれかの人生を俯瞰して見ることができる。

自分の物語は一旦置いておいて、

主語が自分ではないストーリーに

時間を割くことができる。

それで気づくことができる感情がある。

 

それなりにつらいこともあるのだけど、

明日からの人生を大きく変えるほどのものではない。

きっと、そこまで不幸でもない。

だけど、誰かに全てを知ってほしい気持ちになる。

そんなことは、できないと知りながら、

孤独と向き合うことができない自分が、

たまにひょっこりと現れる。

 

メンヘラ、情緒不安定、という言葉を、

よく使う時代になってから、

人々の感情のグラデーションは

どこか隅っこに追いやられている気がする。

本当は、もっとみんな、それぞれに、

落ち込んだり、悩んだり、泣いたりしているんだろう。

でも、強いほうが、良いとされる世の中に、

いつしか変わってしまったのだと思う。

 

強くないと、今の居場所を維持できないなら、

そこに執着する必要はないと諦められるものだけど、

今私がいる場所は、きっと、強くいられなくなったときに、

手を差し伸べてくれる人がいる環境だ。

 

だから、今日は少し甘えてしまった。

明日から、また、日常に戻れると良いのだけど。

あんまり考えすぎるのもよくない。

今日は、少し掃除して、花を眺めて、

コンビニで買った麻婆豆腐を買って、寝よう。

それだけでも、十分、がんばったと思う。

 

 

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決意やさん

未来は予想できない、とよく言いますが、

その通りだと思います。

 

今年が始まった時、私は、

合唱をがんばりたい!仕事にしたい!と燃えていましたが、

色んなことがあって、今は、会社での仕事に専念しています。

 

今は、と書いたけど、

きっと、しばらくは、会社の仕事に没頭すると思います。

そして、もう、音楽は趣味になっていくのかもしれません。

 

でも、それすらも、わからない。

でも、私たち人間は、どこかで、

「こうします!」と宣言して、

仮定した決意の元に、

動かなければならない時があるのだと思います。

 

自分のことすら、だいぶ曖昧で、

決意することすらも恐れてしまいそうになるけれど、

それでも、「がんばるぞ!」と、

決意することをやめない自分がいます。

 

どうにかその決意を、

本物にできるように、

あの時、辞めなければよかったと、

もう思わないように、

今回こそは続けたい、と、

また、決意しています。