言葉にすること

 

 

嫌だ、と思ったことは、

なるべく相手に伝えた方が良い、と感じる。

 

「もう、2度と同じことをしてほしくない」という意思表示を、

しっかりとすることによって、

「次は気をつけよう」と思わせたり、

「この人はこういうことをしたら嫌がるんだ」と知ってもらう。

たとえそれが、「この人めんどくさいな」と思われたとしても、

嫌なことを我慢するよりは良い、と思う。

 

 

もちろん、全て怒って、指摘して、を繰り返していると、

自分のエネルギーもそがれるので、よくない。

相手に伝えなくても、自分で許容できる範囲を広げることが、

器を大きくすること、であるかもしれない。

 

だが、器の容量には限りがあるし、

どんなに器を大きくしても、世界にはたくさんの人がいて、

全てを受け入れることなんて、到底できない。

 

いつか必ず、自分のことばで、

「いやだ」と伝えること、

「いやだ」と伝えることによって、

「自分の嫌なこと」を知ってもらうこと、が必要なタイミングは訪れる。

 

その時、自分の言葉で相手に伝えよう、と思えるなら、

しっかり伝えた方が良いと思うし、

伝えるのも無駄だ、と思うなら、そっと距離を取れば良い。

全ては自分の裁量である。

 

私個人の裁量とすれば、

毎日のように会う人には、

なるべく自分のことを知っておいてほしい。

だから、嫌なことは言う。

だけど、一度「嫌なこと」が起きた境遇には、

自分の方から、もう一度行くことはしない。

なるべく避けることにしている。

伝えつつも、回避する、この同時進行と、

そもそも伝えなくても済むような、

器の大きさをつくること。

少しずつ大人になりたいと思う。

 

でもでも、嫌なことがあったとき、

決して、一人だけのせいではない。

 

器が小さいこと、許容しないことが悪いわけではない。

自分をせめないで。

相手も、自分も、責めないのが一番良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正しいこと

 

 

映画、「万引き家族」を見た。

 

女の子の、最後の表情が印象的だった。

 

何を見たのだろうか。

 

だれかが迎えに来たのだろうか。

 

そうであってほしいと、願ってしまった。

 

それぞれが"正しいこと"を探して、

 

自分の、家族の、生活を守り、捨て、生きる。

 

お父さんや、お母さんや、こども、おばあちゃん。

 

大人、社会人、犯罪。

 

そうであるべきこと、の、形。

 

社会の常識から外れて、幸せであること。

 

社会の常識の中にいて、不幸せであること。

 

傷つくこと、癒えること。

 

安定していること、不安定であること。

 

尊いこと、無造作であること。

 

綺麗であること、汚いこと。

 

それぞれの、正しさで、

 

それぞれの、必死さで、

 

目の前の愛情を汲み取ること。もぎ取ること。

 

全てにおける、そもそもの、定義。

 

それが、曖昧であることを知って、

 

安心して不安になった。

 

なるべく、一人でも多くの人が幸せであって、

 

自分も幸せであること。

 

それが、安全であれば、何でもいいと思う自分と、

 

だれもいない、不安定でもいいから、

 

どこかに行って、暮らしたい自分がいることに気づいた。

 

でも、きっと、こうやって、

 

逃げると、いつもと同じだ、とも思う。

 

つらいことと一緒に、大事なものもなくなってしまう。

 

逃げることも必要だけど、重ねることも同じくらい必要である。

 

どちらかだけである必要はない、ということを、

 

学ぶ時なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

やりきれない

 

 

 

やりきれない。

 

悲しいことや痛ましいことに接して、心が痛む、という意味らしい。

 

私は、たった今、やりきれないです。

 

人はたまに、「仲良し」ということが、

 

間違った方向にいくことがある、と思います。

 

誰も悪意がなくても、傷つくことがある。

 

誰かが、私が、隣の人が、

 

傷ついていることが、表に出ないとき、

 

だれも気づいていないとき、

 

やりきれない気持ちになります。

 

自分が傷ついて、納得できなくて、

 

やりきれない気持ちになるときもあります。

 

人が傷ついて、それに、だれも気づいていなくて、

 

やりきれない気持ちになるときもあります。

 

そんな時は、「私は気づいてるよ」と、

 

そっと言ってあげたい、と、今思いました。

 

なぜなら、わたしが傷ついた時、

 

(たとえお節介でも)声をかけてもらいたいからです。

 

そうやって、気づいて、気づき合いたい、

 

そんな関係が、わたしはすきです。

 

そんな関係が、広がっていったらいいなと思います。

 

たとえお節介でも。

 

 

(名古屋にて)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽しいこと

 

 

楽しいことをもっとしたい。

楽しいことに近づきたい。

心から、楽しいと、思うこと。

 

最近は、デジタルアートの現場に引き続きいます。

2ヶ月の出張の、ちょうど、真ん中くらい。

少しずつ、成長できているような感覚がある。

 

でも、その分、見えるものが増えて、

心配になることも、先回りしたくなることも増えた。

 

きっと、「いつか楽しくなりたい」と思っていては、

いつまでも楽しくなれないのではないか、と思う。

 

今、楽しいこと。

今、心地いいこと。

今、大好きな場所にいれること。

今、大切だと思う人と過ごせること。

今、好きな本を読めること。

今、やりたいことをすること。

 

そういうことは、とても大切で、

それだけでいいのかもしれない、と思った。

 

みんなが楽しくあってほしい。

そのために、わたしも楽しくありたい。

 

楽しいと、思いっきり言おう。

楽しくていいんだ。

苦しいことを我慢することが、がんばってること、ではないんだろう。

やりたいことを、必死にやること、

それが、がんばってること、であるような毎日が、

わたしは、今、幸せです。

 

もっと、楽しく。

もっと、一緒に、楽しく。

 

(名古屋にて)

 

 

進歩

 

 

 

今、喫茶店でレモンジュースを飲んでいる。

今日初めてエアコンをつけた。

外を歩くと、汗ばむくらいの季節になった。

先週はたくさん雨が降って、風邪をひいて体調を壊した。

 

最近、仕事が忙しかった。

土日は佐賀に出張だった。

初めての九州、広島には行ったことがあったけど、

それよりも遠距離な出張、初めてやる作業。

充実感はあったのだが、休みがないとなると、

なかなかに疲れが溜まっていた。

昨日は夜中まで仕事。

いや、わたしができなかった自分の仕事を、

さばいてくれる先輩の隣で、何もできずに待っていた。

くやしくて、泣きそうになったけど、泣かなかった。

ちょっと、疲れてるな、と思った。

オーバーに感情が揺れる時、文句を言いたくなる時は、

だいたい自分が疲れている時だ。

 

肉体的に疲れている、だけなら、まだ良い。

休めば復活する。

今回は、普段の小さなストレスが蓄積されている感じもした。

がまんすぎるもよくない。

無理して笑う必要はないのである。

 

 

人が、誰かの悪口を言っているのを聞くのは、

決して気持ちの良いものではない。

強い悪いエネルギーのある言葉を投げかけられると、

自分も必ず、その言葉のエネルギーをどこかに発散させたくなるものだ。

SNS、友達、同僚、上司、家族・・・

あふれる言葉は、暖かいものでありたいと思う。

自分が、悪い言葉を言わないように、良い言葉の側にいたい。

自分で、悪い言葉を止められるように、

おおらかでありたい。

 

悪い言葉を回避するスキルと、

時には受け止めることのできるサイズの器を、

持ち合いたいものである。

 

 

進歩。

去年のこの季節、

私は恋をしていて、仕事もまともにしていなかった。

プー太郎である。

 

今。

仕事ができる、とは到底言えないけど、

必死にやっている。

去年の自分が、随分と遠くに感じるほど、

沢山のことが変わった1年であった。

 

来年の今日。

同じように、いろんなことが変わっていて欲しい。

良い方向に。

あんなことで悩んでたな、あんなこともできなかったよな、と

笑えるくらいには、成長したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変わってくること

 

 

とても仕事が楽しい。

 

少し前は、緊張して、何をしたらいいかわからなくて、

悔しい思いもたくさんあったけど、

何かが少し変わってきたきがする。

 

やればできる、の、やるとき、は、今なのだと思う。

 

気づいて、行動して、変わっていくことを実感する。

これを続けたい。

 

その先に、きっと、また新しい目標がある気がする。

 

自由でいい、もっと自由で。

心に正直に。

かっこわるくても、正直でありたい。