セカイノハコヅメ

 

 

人工太陽光を作り出すLED照明が開発されたという記事の写真を見て、思いついた曲です。

 

wired.jp

 

 

気温も天気も全てパッケージされ、無秩序なものがない世界で生きる、

2100年に生まれた子供たちが歌う設定で歌詞を書きました。

 

ブランコを漕いだ時に頬に当たる風も、

土が手につく感触も、魚が跳ねる水面も、

全てが管理される世界。

 

環境の変化とは相反して、こどもの好奇心は、いつになっても変わらないもの。

その2つを並べています。

 

無邪気な子供を見る複雑な大人の感情、

戻ることのできない自然の溢れる世界、

もう触れることのできない物質、

それらが全ておとぎ話にしてしまっている滑稽さを、明るいメロディに隠したつもりです。

 

レコーディングの際、子供達にはワークシートを書いてもらいました。

「2100ネンはどんなセカイ?」というテーマをもとに、

はしゃぎながら描く子供たち。

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いくつかのシートを見て気付いたのは、彼らは自分の利益のために、

未来の進化を利用しようとしていないという点です。

 

ドラえもんが出す道具のように、

自分にとって有益なものを得るために使われるテクノロジーの発想が描かれているものは、ほとんどありませんでした。

 

きっと私が子供のころなら、タケコプターやどこでもドアがほしい!と書いたかもしれない。

けど、今は、だいたいの場所はすぐに行くことが出来るし、

そもそも移動しなくても満たされる環境を作り出すことができる。

 

 

作り出されるものと同等に、無くなってしまうものに焦点があてられるようになったのは、

どこかで得るものと失うものを肌で感じているからではないだろうか?と思った出来事でした。

 

 

2100年のこどもたちは、未来に思いを馳せるのではなく、

なくなってしまったものに好奇心を震わせるのではないだろうか?

それでも、2100年の子供も、今の子供も、

「どんなセカイがあるんだろう?」という心は変わらない。

2100年はそう遠い未来ではなく、私は109歳です。

もし生きていたとして、そんな子供を見て何を想うのか、妄想しています。

 

 

 

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