言葉にすること

 

 

嫌だ、と思ったことは、

なるべく相手に伝えた方が良い、と感じる。

 

「もう、2度と同じことをしてほしくない」という意思表示を、

しっかりとすることによって、

「次は気をつけよう」と思わせたり、

「この人はこういうことをしたら嫌がるんだ」と知ってもらう。

たとえそれが、「この人めんどくさいな」と思われたとしても、

嫌なことを我慢するよりは良い、と思う。

 

 

もちろん、全て怒って、指摘して、を繰り返していると、

自分のエネルギーもそがれるので、よくない。

相手に伝えなくても、自分で許容できる範囲を広げることが、

器を大きくすること、であるかもしれない。

 

だが、器の容量には限りがあるし、

どんなに器を大きくしても、世界にはたくさんの人がいて、

全てを受け入れることなんて、到底できない。

 

いつか必ず、自分のことばで、

「いやだ」と伝えること、

「いやだ」と伝えることによって、

「自分の嫌なこと」を知ってもらうこと、が必要なタイミングは訪れる。

 

その時、自分の言葉で相手に伝えよう、と思えるなら、

しっかり伝えた方が良いと思うし、

伝えるのも無駄だ、と思うなら、そっと距離を取れば良い。

全ては自分の裁量である。

 

私個人の裁量とすれば、

毎日のように会う人には、

なるべく自分のことを知っておいてほしい。

だから、嫌なことは言う。

だけど、一度「嫌なこと」が起きた境遇には、

自分の方から、もう一度行くことはしない。

なるべく避けることにしている。

伝えつつも、回避する、この同時進行と、

そもそも伝えなくても済むような、

器の大きさをつくること。

少しずつ大人になりたいと思う。

 

でもでも、嫌なことがあったとき、

決して、一人だけのせいではない。

 

器が小さいこと、許容しないことが悪いわけではない。

自分をせめないで。

相手も、自分も、責めないのが一番良い。